福岡高等裁判所 平成7年(ネ)639号 判決 1995年12月05日
控訴人
中国国民党
右代表者主席
李登輝
日本国における代表者
駐日本九州直属支部長崎党有財産管理人
王希武
右訴訟代理人弁護士
敷地隆光
被控訴人
江口昭一
右訴訟代理人弁護士
阿部利雄
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 被控訴人の請求の原因
1 控訴人の被控訴人に対する債務名義として、福岡高等裁判所平成二年(ネ)第八六四号建物収去土地明渡請求控訴事件の執行力ある判決が存在する。同判決は、平成六年一二月二〇日、上告棄却の判決により確定したものである。
2 右債務名義の判決は、控訴人と被控訴人間の土地賃貸借契約が、三〇年間の期間満了により終了したことを理由として、控訴人の被控訴人に対する本件建物(原判決添付の物件目録三記載の建物)収去、土地(同目録一記載の土地)明渡請求が認容されたものである。
3 被控訴人は平成七年一月二五日到達の内容証明郵便で、控訴人に対し、借地借家法一三条一項(旧借地法四条二項)により、本件建物を時価で買い取ることを請求した。
4 よって、被控訴人は控訴人に対し、右債務名義の執行力の排除を求める。
二 請求の原因に対する控訴人の認否、主張
1 請求の原因1ないし3の各事実は認める。同4は争う。
2(一) 本件における建物買取請求権は、土地明渡しの請求権自体に直接付着した抗弁権の主張と解すべきであるから、土地明渡請求権とは独立の関係にある権利ではない。本件建物の存する本件土地の賃貸借契約は、主たる賃貸物件であるところの本件事務所(前同目録二記載の建物)の賃貸借契約が存続している間に限って存続するという付随的な内容のものであって、本件の場合に本件建物の買取請求を認めることは、確定判決の既判力ないし遮断効などとの抵触を生じる。
(二) 借地借家法一三条一項の建物買取請求権は、建物自体の社会的効用の保護のため政策的見地から認められたものであって、対象となる建物とは「ある程度の永続性のある建造物」である必要がある。本件建物は、後期(三)で述べるとおり、建物と呼べるものではなく、現在朽廃して危険な状態にあり、建物買取請求権の対象となる建物ではない。
(三) 本件建物は、昭和三〇年代半ばに控訴人に無断で被控訴人が建築したものであるが、その構造は杉の丸太材を用い、壁の一部分と屋根はトタン及びプラスチック波板葺として建築された。その後、昭和五四年ころ、柱と梁の一部を鉄骨に取り替えたものであるが、端的にいえば、自動車板金、塗装の作業場に屋根を設置したというだけの粗雑簡易な構造の建物である。仮に控訴人が本件建物を買い取ったとしても、建物としての利用価値は全くないばかりか、被控訴人にとっても、本件建物を三〇有余年にわたって使用しているために、その受益による建物の減価償却は充分になされている。ただ木材や鉄屑としての僅少な価格評価しかできず、むしろ取壊し廃材の廃棄処分等に要する諸費用のほうが本件建物の評価額より多大の出費となる。また、本件建物は堅固なビルなどの建造物とは違い建物としての社会的有用性がないばかりか、ただ雨露をしのぐに足りるだけの作業場としての構造物であって、居住用としての使用目的のものでもない。このような事情を考慮すると、建物の社会的効用を保護する目的のもとに設けられた法の趣旨に照らし、本件建物の買取請求権を認めなければならない根拠は存在しないというべきである。
(四) 本件の場合のように、被控訴人に本件建物の買取請求権を認めると、土地明渡し判決の確定した意義が没却されてしまい、長年月かけて最高裁判所に至るまで三審の判断を仰いだことが無意味なものとなるばかりでなく、建物買取請求権の行使時期をできるだけ遅らせるという悪意の賃借人を逆に保護する結果となってしまう。右のとおり、仮に買取請求権を認めるとしても、それは前訴の口頭弁論終結時までに限るべきである。
第三 証拠
証拠関係は原審記録中の書証目録記載のとおりであるのでこれを引用する。
理由
一 請求の原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。
二 前訴である建物収去土地明渡請求訴訟の口頭弁論終結後に建物買取請求権を行使して、前訴の確定判決に対し請求異議の訴えを提起できるかどうかについては、既判力の効果として、また訴訟経済上の見地から、これを消極に解する立場もありうるが、建物買取請求権は、前訴の訴訟物自体に付着する負担ではなく、これとは別個に、建物自体の社会的効用の保持という政策的見地から認められた制度であり、形成権の行使として実現されるものであることなどに鑑みれば、特段の事情のない限り、前訴の口頭弁論終結後に建物買取請求権を行使することも許されると解するのが相当である。控訴人の主張(事実摘示第二の二)の2(一)及び(四)は排斥を免れない。なお、同2(一)の主張のうち、本件建物の存する本件土地の賃貸借契約が本件事務所の賃貸借契約が存続している間に限って存続するという付随的な内容のものであった(甲二、三)としても、それは契約の存続期間についての事情であって、その契約が期間満了によって終了した以上、本件建物について建物買取請求権が発生することを妨げる事情となるものとは解し難い。
三 控訴人は、本件建物の構造、用途及び朽廃等からして、本件建物が建物買取請求権の対象とはなりえないと主張する(事実摘示第二の二の2(二)及び(三))。
確かに、甲二、三、乙一、六及び弁論の全趣旨によれば、本件建物は、昭和三〇年代半ばに、杉の丸太材を用い、壁と屋根はトタン葺として建築され、その後、昭和五四年ころ、柱と梁の一部を鉄骨に取り替えたものであり、端的に言えば、自動車板金、塗装の作業場に屋根を設置したというだけの、比較的簡単な構造の建物であり、相当老朽化していることは認められるが、その解体工事に相当額の費用が必要であると認められるところ(乙五の二、弁論の全趣旨)からしても、明らかに無価値であるとまでは認めることはできないのであり、建物買取請求権の対象となる建物ではないとして被控訴人から投下資本の回収の機会を完全に奪ってしまうのが相当であるとは解し難い。控訴人主張の諸事情は、建物の買取価額を決定する際に考慮すれば足りるのであって、建物買取請求権の存在自体を否定すべき事情となるものではない。
四 建物収去土地明渡請求を認容した前訴の口頭弁論終結後の建物買取請求権を認めた場合、債務名義(前訴の確定判決)の執行力排除の範囲が問題となる。この点については、建物収去土地明渡請求と建物買取請求の結果による建物退去土地明渡請求(ないし土地建物引渡請求)とは、給付の態様と執行方法を異にする別個の請求権であり、訴訟物は別個であるので、買取請求権の行使により建物収去土地明渡しの債務名義は全面的に失効するとの見解もありうるが、そのように解すると前訴の債務名義がいわば無駄になり、改めて建物明渡しの訴えを提起しなければならなくなって、紛争の一回的解決を期待した当事者の意思に反することにもなる。むしろ、建物引渡しによる土地明渡しは、建物収去土地明渡請求の内容的一部に含まれると解することが可能であって、土地所有権に基づいて建物引渡しを請求しうる筈であるから、建物収去土地明渡しを命ずる判決の確定後に建物買取請求権が行使された場合には、前訴の債務名義は建物収去を命じる限度で執行力を失うが、建物退去土地明渡し(ないし土地建物引渡し)の範囲では、なお執行力を保持すると解するのが相当である。
五 以上のとおりで、被控訴人の本訴請求を原判決主文一項の限度で認容すべきものとした原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官友納治夫 裁判官有吉一郎 裁判官奥田正昭)